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「トンマッコルへようこそ」
2008年09月25日 (木) | 編集 |
JUGEMテーマ:映画


最近無料お試し期間中の楽天レンタルを利用して「トンマッコルへようこそ」を見ました。

前から見たいと思っていた映画で、トンマッコルという村で、朝鮮戦争のときに北と南の兵士が仲良く暮らしていたという、おとぎ話みたいな話かと勝手に想像していたら、そんなおとぎ話というより、リアルで、戦争について本当に考えさせられる作品でした。
ちなみに音楽は久石譲さんです。



* * * * * * * * * * * * * * * * * *

ときは朝鮮戦争。

アメリカ海軍大尉の戦闘機が墜落。
幸いにも、心優しきトンマッコルの村人の介抱によって海軍大尉は助けられ、彼はこの不思議な村に居候することに。

北の軍隊を率いる少尉は、負傷した仲間を見捨てながら、あるときは同じ同志を殺してまでも、過酷な戦争を続けるざるをえない現実に苦悶する。そんな中、北に帰る途中に不思議な少女に出会い、それが縁で部隊員ふたりと共にトンマッコルへ行くことに。

他方、南の軍隊に所属していたものは、多くの民間人が死ぬとわかっていながらも橋を爆破しなければいけない任務を遂行。
そのために深い心の傷を負い、脱走兵として自殺しようとしていたところを、同じ南の兵士に助けられ、ふたりで彷徨う間に、トンマッコルに迷い込む。

こうしてトンマッコルで遭遇し、対峙し合う北と南の兵士達。

しかし、銃も爆弾も見たことがない平和な村に住む住人達は、銃を見ても驚きもせず、爆弾を見ても驚きもせず、南北の兵士が銃を構えて対峙し合う中でも、普段通りの村の平和な生活を送る。

そのうち、村のひとりの娘が手榴弾のピンを無邪気にもはずしてしまい、その手榴弾が村の食料をためる納屋に運悪く入ってしまって、トウモロコシが爆発でポップコーンに。
村の1年分の食料をパーにしてしまった兵士達は、軍服を脱ぎ捨て、村の食料を確保するために農作業をし始める。



そうして次第に親しくなり、平和なトンマッコルの住人になっていく彼ら・・・。
時に、草で作ったラグビーボールでラグビーをしたり、みんなで子供のように草の斜面をソリで滑ったり・・・。
南の兵士は、北の自分の親ぐらいの歳の兵士を「ヒョン(兄さん)」と呼び、慕い仲良くなる程であった。

しかし平和で穏やかで、人間らしい幸せなときは長くは続かず、墜落した戦闘機に乗っていたアメリカ海軍大尉の捜索を始めた米軍と南の連合軍が、北の軍がいると思われる村・トンマッコルを爆撃しようと計画を進める。

自分達のために村が爆撃されようとしていることを知った彼らは、アメリカも南も北も関係なく、ただトンマッコルの村を守るために、一致団結して、自分達に爆撃の標的が向かうように、武器を再び手に持ち、連合軍に戦いを挑む。
「俺達こそ連合軍じゃないか? 南北の!」と言いながら。

そして自分達の願い通り、村が爆撃されず、自分達のいる場所を村と勘違いした連合軍が自分達の頭上に爆撃する様子を、実に幸せそうに、お互い満足した顔で微笑みながら、みな死んでいく・・・。

最後に、トンマッコルに着いたばかりのころ、南北の兵士が疲労のあまり仲良く?眠っているときに、少女が少年の兵士に花をつけてあげた、そんな幸せなときの映像で物語りは終わる。

* * * * * * * * * * * * * * * * * *

これまた、涙なしには見られない映画でした。

特に、南北の兵士が、軍服を脱ぎ捨てて、村人と同じ服を着て、農作業をするシーンがとても印象に残りました。
脱ぎ捨てられた軍服が風になびくシーンが、軍服さえ脱ぎ捨てれば、アメリカ軍も南北の軍隊も、戦争も関係なく、みんな「ただの人間」なのだと言うことを物語っているようでした。

敵対しあう理由など、軍人ひとりひとりにしてみれば、本当は何一つないのだということを、象徴するかのようなシーン。

そして本来の人間の姿とはこういうものなのだと、人を信頼し、生きるために畑を耕し、みんなで協力し合いながら、時には歌い、踊りながら、生きていく。

アメリカ海軍大尉の「人間とは本当はこうあるものだよね」という呟きが、それを物語っていました。

結局のところ、戦争と言っても、戦争に動員される一般庶民出身の軍人には、殺しあう理由なんて、本当は何処にもないのでしゃないでしょうか?

ただ政治家や権力を握る人間達が、自分達の利害や欲のために始めたに過ぎない戦争を、あたかも国対国の戦いであり、みんなが敵対しているかのように押し出し、見せ掛けることで、自分たち上の人間は決して戦争に行かず、下の庶民を、まるで将棋の駒のように、まるで人格を持った人間ではなく、ただの「物」の様に使って、動員して殺し合いをさせている。

それが戦争ってものの、本当の姿なんじゃないか、そういったことを考えさせられる、深い映画でした。

今もイラクやアフガニスタンで、一部の石油メジャーの石油権益のために、あるいは兵器産業の儲けのために、多くのアメリカの若者が戦争に動員され精神を病みながらも、何の罪もないイラクやアフガニスタンの子供や老人を虐殺している。
決して過去の話ではない、現在も続く戦争・・・。

是非見てほしい映画です。
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『光州5・18』の感想
2008年05月22日 (木) | 編集 |
JUGEMテーマ:映画


火曜日に、やっと『光州5.18』を見に行ってきました。
我が家の母も連れて。
母は光州事件が起きた1980年には、すでに日本に来ていたので、あまり光州事件のことは詳しくないみたいで、むしろ学生時代に光州事件のことを本などで少し勉強した私の方が詳しいくらいです。

だから母にも祖国・韓国で起きた歴史の暗部を是非知って欲しいという思いもありました。

私より母の方が泣き虫なんで、ちゃんとハンカチを持っていくように言ったら、むしろタオルを持って行った方が良いと言う母。

でも結論的にいうと、正直この映画に関しては、私の方が号泣でした・・・。
何だか中盤からは終始一貫して泣き続けていた気がします。

多分私が思うに、これは光州事件のことをあまりよく知らない人が見ても、私みたいに泣くというより、「こんな酷いことがあったのか!」って感じだと思うのですが、何分、以前少しばかり光州事件に関しては資料を読んだこともあり、多分思いいれがあるからなんでしょう。

映画そのものを通して、実は韓国の空挺部隊の残虐ぶりが、映画で映像化されているよりひどいことを知っているので、現実には映画よりもって悲惨な光景が市民の眼前で繰り広げれて、人々の慟哭がもっと激しいものであっただろうことを思うと、本当涙が出てとまりませんでした。

ある日突然待ちが軍隊によって占拠され、一般市民、学生が、女子供関係なく殺されていく悲劇。
しかも同じ韓国人である空挺部隊が光州市民を虫けらのように殺していくのですから。
それは衝撃的な事件です。

そしてこの軍隊の横暴が、当時は軍事政権で情報統制されているため、ニュースでは「市民の犠牲者は出ていない」と報道が歪められ、光州の人以外にはこの惨劇が伝わらないという悲劇。

最後に父も恋人も殺された女性主人公が、車の上からマイクで

「光州の愛する市民のみなさん!
 私達の兄弟姉妹が軍隊によって殺されています。
 私たちは最後の最後まで闘いましょう!
 この悲劇を決して忘れてはいけないのです!」

というようなことを絶叫して、こんな恐ろしい事件がなければ本当はこうなっていたであろう、家族みんなが揃った結婚写真が出てきて、映画は幕を下ろします。

私はその絶叫を聞いて、1000人以上の方が殺されたこの恐ろしい事件を、本当覚えておき、後世に語り継いでいくことこそが、無残にも死んで行った多くの光州の人々への追悼になるのだと、改めて思いました。

とりわけ涙が止まらなかったのは、市民軍の本部である光州支庁が韓国軍に包囲され、一斉射撃を受けたときです。
まるで蜂の巣のように、銃撃を受ける支庁。

そのなかで次々に市民軍を志願して闘った方々が亡くなります。
そして死ぬ間際にみんな自分の名前を次々に残して死んでいくのです。
仲間同士で連絡を取り合うためのトランシーバーで。
「私の名前はイ○○です。」と言いながら・・・。

一瞬にして多くの人が殺されていった光州の悲劇を、自分の名前を最後に言うことで、少しでも人々の記憶にとどめたい、そんな魂の叫びのように・・・。

改めて、自分自身の歴史への無知ぶり、そして光州事件のことをどれだけ自分が理解しているかを考えさせられる、そんな映画でした。

犠牲になられた方々の御霊を鎮めるためにも、もっと多くの人にこの光州の悲劇を知ってもらいたいし、そのためにまず自分自身が無歴史に無知であってはならないと思わされました。

最後に、『光州5・18』の監督のキム・ジフン氏は、次のように言っておられます。


        
キム・ジフン監督


「韓国では、これまでの過去に起きた悲劇や国にとっての汚点を、極力<隠そう、ごまかそう>という風潮から、<真実を描き、話題作としていくことで、未来につなげていこう>というように変わってきている。『シルミド/SILMIDO』や『ブラザーフッド』などの成功が、この『光州5・18』の製作、そして大ヒットに大きくつながってきている」と。

私はこの言葉を聞いたとき、正直、日本はどうよ!?って思いました。
いまだに歴史教科書を巡る問題では、かつての沖縄戦の悲劇を巡り、沖縄の人々が声を大にして「集団自決」に日本軍の関与がないなんてことは事実に反すると、体験者も含めて多くの県民が言っているのに、その事実をもみ消そうとしている。

あくまでもここ日本では、歴史の事実というものが、いまだに政治家によって隠蔽されようとしている。

<隠したりごまかしたりする>ことよりも、<真実を明らかにする>ことの方が、はるかに勇気がいることです。
でも、そうであるからこそ、勇気を持って汚点を明らかにしたときこそ、尊敬も集められるんじゃないでしょうか? それこそが、「真の勇気」だと私は思います。
日本でもこのような昨今の韓国の風潮を、少しは見習って欲しいということも同時に思った映画でした。

もう上映期間も長くはないと思うので、是非見たい方は、早めに映画館へ出向かれて下さいね。

 光州5・18オフィシャルサイト
韓国映画 光州5・18
2008年05月16日 (金) | 編集 |
JUGEMテーマ:映画


最近上映中の韓国映画でとても興味を持っているものに、「光州5・18」があります。
1980年に韓国・光州で起きた悲劇を描いた、産業映画としては初めて「光州事件」を描いた、韓国で740万人を動員した話題作。



1980年といえば、私は生まれてはいるけど、もの心もついておらず、正直光州事件のことなど大学に入るまで、全くと言って良い程知らなかったです。

がしかし、大学でたまたま光州事件のことに詳しい日本の方の話を聞く機会があり、そのときに、初めて知った光州事件の事実に、当時の私は衝撃を受けたものでした。

いまでこそ韓国は民主化されてはいますが、当時の軍事独裁政権の下で、民主化を求めてたち上がった光州の市民や学生に対して、韓国軍隊で一番の精鋭部隊である空挺部隊が投入され、千人以上の光州民衆が虐殺されたというショッキングな事件・・・。

私は、このような韓国の歴史の暗部を知って、自分が在日コリアンであるにも関わらず、日本人ですら知っているこんな大変な事件を、いままで自分は知らなかったのかと、自らを大いに恥じました。

それからというもの、自分でも光州事件に関する本を読んだり、ドラマを見たりしました。そのうちのひとつが韓国ドラマ史上「不朽の名作」といわれている「모래시게(砂時計)」です。

最高視聴率64.5%という韓国内で歴代視聴率第3位を記録した、ペ・ヨンジュンさん主演の「太王四神記」でファチョン会の大長老役を演じているチェ・ミンスさんがまだ青年時代に主役を演じたドラマ。

ドラマ自体は、光州がとにかく舞台になっているわけではないのですが、主人公が光州事件の起きた当時の光州に行き、義勇軍として闘うシーンが流れます。

そこには軍隊の暴虐に対して闘う光州の民衆の姿が映し出されていました。その中では実際の光州事件の映像も使用されていたのが印象深かったです。

でもやはりドラマ自体が光州事件がとにかくテーマというわけでもないので、光州事件の取り上げられている回は少なく、もっと事件のことを知りたいと思っていた私にはやや物足りなく感じられたものでした。

しかし今回、ようやく光州事件を詳しく知ることの出来る映画が出来たかと、感慨深い思いです。

いま関西では心斎橋のシネマアートをはじめ梅田ガーデンシネマなどでも5月23日までぐらいまで上映しているらしので、必ず見に行こうと思ってます。

映画光州5・18公式サイト



私は韓国という国は、こうして自国の歴史の暗部をきちんと映画にして、それを多くの人々がきちんと見にいっているというところが正直偉いと思っています。
それは以前大ヒットした「シルミド」を見たときもそう思いました。

正直日本より韓国の方が政治や自分達の歴史に対して意識が高いと思います。
それは、そうならざるをえない不幸な歴史があったということでもあるのかもしれませんが。

日本でも日本の歴史の暗部を描いた良い映画が沢山実はあっても、それを多くの人が見ることもなく終ってしまっている残念な現状があると思います。
勿論韓国と日本では、映画の配給の方法の違いもあるのかもしれませんが。

日本ではいわゆる「社会派」の映画は大衆的に宣伝もされず、ひっそりと小さな映画館でしか上映されなかったり、公民館で市民の人が自主的に上映活動していることが多くて、一般的に広く受け入れられることがないのは、大変残念なことだと思います。

何はともあれ、光州事件のあったとき、まだ生まれていなかった世代にも是非見て欲しいし知って欲しい光州事件の真実が、多分この映画にはあるので、是非みなさんにも見て欲しいと心から思います。
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