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国民葬
2009年05月30日 (土) | 編集 |
25日にノムヒョン大統領の焼香に行ってきましたが、29日の国民葬にも行ってきました。
学校がある日だったけど、学校も途中からふけて、学校の授業より大切なものだと私は思うので行ってきたわけです。
初めは焼香に行ったから、ええかと思っていましたが、政治に関心のある周りのチングにムンチャで聞いたらみんないくって言うし。
もともと学校さえなければ行きたかったので、やっぱし授業を休んででも行くことにしました。
영결식(永訣式)の行われるキョンボックンは政府の要人とかしか入れないんですが、ソウル市庁広場にみんな何万人もの人が結集して、その様子を大きなテレビ画面を通じて見守って、それが終わってからは、市庁広場にノムヒョン大統領と市民たちとの最後のお別れ(노제:遺体を送り出す儀式)が行われました。
学校を早退して、市庁に着いたら既に11時半を周り、もうすごい人で身動き取れないぐらいの人、人、人・・・・。

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みんなノムヒョン氏が好きだった黄色のシンボルカラーの風船や帽子を手に続々と市庁前広場に集まってました。

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人が多いとは思っていましたが、本当想像以上に多くて、正直日本でこんな人がたくさん集まって何かをする場面に一度もこれまで遭遇したことがないので、それだけでも圧巻でした。

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영결식で現大統領・イミョンバク氏が登場したときには、それはそれはみんなブーイングの嵐。
最初なんてみんなが言ってるからわからなくて、一緒に行ってくれた韓国人チングに聞くと、ブーイングやったそうです。
他方、ノムヒョン氏を「民主化運動の同士」と語った金大中氏が登場すると、みんな拍手の嵐。
本当、今回のノムヒョン氏の自殺に関しては、明らかに現大統領により他殺だと当然のようにみんなが思っているようです。
韓国では大統領ってすごい権力を持ってるみたいで、当然検察によるノムヒョン前大統領への執拗なまでの取り調べも、ミョンバクがやったとみんな思ってるわけですよ。
その象徴のように、配られていたプラカードで「더 이상 죽이지 마라」って書かれてましたから・・・。

私が感心したのは、集まった十数万の人々は、烏合の衆ではないわけです。
こんなに多くの人が集まってるのに、「座ってください~!」って呼びかけられると、いっせいにその場にみんな大きな波が動くように座り始めて、それはそれは圧巻でした。

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また、歌手がノムヒョン氏を追悼する意味で歌を歌うと、最後にみんなで風船いっせいに飛ばしたり。

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そして、暑い炎天下の元で行われているので、当然水が必需品なわけですが、それも前から次々に送られてきて、それはそれはそのすばやい動きに私は感心してしまいました。
それも全部市民がボランティアでそういうことをするんですよね。

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やっぱし韓国人はこういう大勢で何かをするってことにとっても慣れてるんだなと、ある意味痛く感心させられたわけです。

その点だけでも、学校の授業などよりよほど自分にとっては貴重な体験というというのも、こういうときに言うのも変なんですが、そういう感じでした。

キョンボックンでの영결식が終わってノムヒョン氏の遺体が市庁前広場に移動してきて、そこで永遠のお別れをしたわけですが、何を言ってるのかよく聞き取れないながらも、みんなが泣き出すので一緒になってずっと泣いてました。
印象的だったのは「あなたは私たちにとって永遠に大統領です」とか「바보ノムヒョン」とか「당시을 사랑합니다.」って繰り返し言われていたことでした。
「パボ」って言葉悪く聞こえるかもしれないですが、それだけ実直すぎた彼の人柄を韓国人が愛していることの表現で言われてるようでした。

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最後ソウル駅まで棺の乗せた車について多くの市民が最後のお別れのためについて行ったんですが、私も行きたい気持ちはあったけど、昼ごはんも食べすに学校の重い教科書をそのまま持って暑い中数時間もいたので、さすがに疲れてそのまま家に帰りました。

家に帰って夕方テレビを見ると、自分がいた市庁前広場を上から撮った様子が映っていて、人が多いとは思ってはいたけど、一面がシンボルカラーの黄色で染められていて、本当こんなに大勢の人がノムヒョン氏の死を痛んで、老若男女問わずあの暑い中集まったというのは、すごいことだと率直に思います。

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その日のうちにノムヒョン氏の遺体は、水原で荼毘に付され、これで本当にもう2度と彼の姿を見ることがないと思うと、やはりさびしいですね・・・。

ところで、韓国では「葬式」は、영결식(永訣式)という言葉が一般的なんでしょうかね?
よくわからないけど、初めて聞いた言葉で、辞書を引いたら漢字が「永訣式」だったんで、私が好きな宮沢賢治の「永訣の朝に」を思い出してしまいました。
最後にこの詩を載せて、ノムヒョン氏との永遠の別れを悼みたいと思います。


「永訣の朝に」  

けふのうちに
とほくへ いってしまふ わたくしの いもうとよ
みぞれがふって おもては へんに あかるいのだ
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

うすあかく いっさう 陰惨(いんざん)な 雲から
みぞれは びちょびちょ ふってくる
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

青い蓴菜(じゅんさい)の もやうのついた
これら ふたつの かけた 陶椀に
おまへが たべる あめゆきを とらうとして
わたくしは まがった てっぽうだまのやうに
この くらい みぞれのなかに 飛びだした
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

蒼鉛(そうえん)いろの 暗い雲から
みぞれは びちょびちょ 沈んでくる
ああ とし子
死ぬといふ いまごろになって
わたくしを いっしゃう あかるく するために
こんな さっぱりした 雪のひとわんを
おまへは わたくしに たのんだのだ
ありがたう わたくしの けなげな いもうとよ
わたくしも まっすぐに すすんでいくから
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

はげしい はげしい 熱や あえぎの あひだから
おまへは わたくしに たのんだのだ

銀河や 太陽、気圏(きけん)などと よばれたせかいの
そらから おちた 雪の さいごの ひとわんを……

…ふたきれの みかげせきざいに
みぞれは さびしく たまってゐる

わたくしは そのうへに あぶなくたち
雪と 水との まっしろな 二相系をたもち
すきとほる つめたい雫に みちた
このつややかな 松のえだから
わたくしの やさしい いもうとの
さいごの たべものを もらっていかう

わたしたちが いっしょに そだってきた あひだ
みなれた ちやわんの この 藍のもやうにも
もう けふ おまへは わかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)

ほんたうに けふ おまへは わかれてしまふ

ああ あの とざされた 病室の
くらい びゃうぶや かやの なかに
やさしく あをじろく 燃えてゐる
わたくしの けなげな いもうとよ

この雪は どこを えらばうにも
あんまり どこも まっしろなのだ
あんな おそろしい みだれた そらから
この うつくしい 雪が きたのだ

(うまれで くるたて
  こんどは こたに わりやの ごとばかりで
   くるしまなあよに うまれてくる)

おまへが たべる この ふたわんの ゆきに
わたくしは いま こころから いのる
どうか これが兜率(とそつ)の 天の食(じき)に 変わって
やがては おまへとみんなとに 聖い資糧を もたらすことを
わたくしの すべての さいはひを かけて ねがふ

最後で賢治が言っているように、私もノムヒョン氏の死が

これが兜率(とそつ)の 天の食(じき)に 変わって
やがては おまへとみんなとに 聖い資糧を もたらすことを
わたくしの すべての さいはひを かけて 

願いたいと思います・・・。

※以前、ノムヒョン氏を追悼する記事を書いたときに、数名の方から、ノムヒョン氏のとっていた太陽政策について批判的な意見が寄せられました。
私はここでそのことについてそういう政治的な問題について、あまり言及する気はなかったのですが、そうした意見が出されたからには、私の勝手な意見を述べさせていただきたいと思います。

私は、ノムヒョン氏が「北朝鮮も韓国ももともとは同じ国・民族であり、戦力軍事力で敵対しあうものではない」と考え、太陽政策をとり、食料などを支援していたことをあまりおかしいことだとは思っていません。
日本では彼の死をおよび朝鮮の核実験を受けて、彼のとっていた太陽政策を批判する論調もあるようですが、日本で報道されているように太陽政策を受け止めている人が多いなら、韓国人がここまでなぜ彼の死を悼んで集まるんでしょうか?
私たちはそこを考えないといけないと思います。

正直私は、日本のマスコミで流される北朝鮮のイメージというのがあまりに極端に偏っていると感じています。
かつて私自身が、日本での北朝鮮についてのマスコミ報道を全く無批判的に鵜呑みにしてきた人間であるからこそ、自戒の意もこめて、そう思っています。

食糧支援しても結局上の人間にしか食料が行かないから、食糧支援もするなって言うのは、はっきり言って人道的に問題あると思います。
当たり前の話ですが、食糧支援もしなければ、一般の北朝鮮の民衆はさらに飢え死んでいくわけですから。
そして、南北が分断される前は一緒に暮らしていた肉親が、たまたま日本軍の軍事境界線だった38度戦より北側にいたからという理由で、朝鮮戦争後に2度と会えなくなって、60年以上肉親であるにも関わらず会えてないっていういわゆる「離散家族」って人々も韓国・北朝鮮共に多いわけです。
韓国人からすると、北朝鮮に知り合い・家族がいる人も多いから、たとえ今の北朝鮮の指導部が気に入らないとしても、何の援助もずに自分の肉親が死んでいくのを、黙って見過ごすことはできないんじゃないでしょうか?

そもそもなぜ朝鮮半島がもともとは同じ国家・同じ民族である関わらず現在もつづく分断の悲劇を強いられてきたのか?その歴史を知ることなしには、北朝鮮の問題を云々することもできないと私は思っています。

本当に思っていることの少しか書けてないんですが、この件を述べだすととっても長くなるし、この場でそれを述べる場でもないと思うので、また機会があれば、書いてみたいと思います。
以下、良さそうな本があったので、紹介しておきます。

「北朝鮮」再考のための60章―日朝対話に向けて



「著書解説」より
巷には多くの"北朝鮮もの"の書物が溢れている。
しかしその多くはこの国の体制や指導者、民衆を揶揄嘲笑したものだ。
著者はこうした傾向に異を唱え、日朝両国民・両民族が相互理解を進めるためには、北朝鮮の体制、文化、市民生活をありのままに伝えることが重要だと主張する。
さらに、「過去の清算」や拉致問題の解決のためには"対話"を前提とした日朝国交正常化こそが不可欠であるとしつつ、強硬路線をひた走る日本が国際社会で孤立する危険性に警鐘を鳴らしている。冷静に、客観的に「北朝鮮」を見つめなおしたい読者にとって、必読の一冊。
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