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「沈黙の声」
2009年09月05日 (土) | 編集 |
昨日韓国ソウルでセジョン文化会館で始まったミュージカル「沈黙の声」
上演初日の昨日、月曜日にテストがあるにも関わらず?韓国人チングと一緒に見に行って来ました。

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このミュージカルのあらすじはというと・・・

日本のある精神病院、アートテラピーの時間。患者達が様々な姿で踊る中、無表情で黙っていた老人が「オモニ」と叫びながら倒れる。
患者とスタッフは動揺し、気の毒な眼差しで見つめる看護士の歌と話しにより、その老人の意識の中の時間を探し追っていく。
1931年、朝鮮の伝統芸術教習所の母の姿と草笛が結んだ初恋の縁、成長した二人は愛を確認しあい切なく懐かしみ想い合う。
そしてフィリピンの戦場での残酷極まる悲劇的かつ、非人間的な環境の中でも、オモニと愛する人のもとに帰る一念の思いで耐えてきた時間が、劇的な再会によりつながったその瞬間、広島上空に落ちた原爆により全てが一瞬に消える。
そんな老人の言葉、行動、意識全ての沈黙が、看護士の深い慰めと誠意あふれる真心により痛みは解かれ相生の舞を踊りながら伝説の中の鶴のように老人の愛は天に昇る・・・。

といったお話しで、実際に朝日新聞で掲載された実話を元に、戦中に朝鮮人が味わった悲劇を象徴的に表すミュージカルとして作られたもので、闇にこれまで埋もれていた歴史の事実を、在日の自分は必ず見ておかなければいけないと思って、ある種使命感のようなものに燃えて?見に行ってきました。

実際に見てみての感想は「このミュージカルは在日なら、本当に泣かずにおられない話だな~」ってことです。。
実際私なんて、もう始めに亡くなったハラボジを追悼する意味で精神病院で働いていた日本人の看護師さんが遺骨を抱いて、彼を追悼する意味で日本語で(韓国語ではなかったです)色々話しをして歌を歌う段階で既に感情移入しすぎて号泣(汗)・・・。
いきなり最初から号泣するなよってなぐらい、ひとりで涙ぼろぼろ流して泣いてました。。

だって、在日だから余計にわかっちゃうんです。
そのハラボジの辛さとかそういうものが、韓国人や日本人以上に・・・。

金田という日本名が自分の本当の名前では名前ではなく、本名は朝鮮名で○○ということ。
(すみません、名前忘れちゃいました 汗)

留学先の日本で学徒動員で望まない戦争に駆り出され、愛する女性と引き裂かれ一番過酷な南方戦線に配置され、戦争の狂気の中、次々に友人が死に、そして精神に異常をきたす人間も出てきて、食料がないから、死んだ戦友の肉を食い・・・

そんなリアルな戦争の狂気・悲惨さが本当に歌と演技と音楽・光で、まるで実際にその戦場にいるかのような迫力で描き出されるのですが、そのシーンを見て、つくつぐ改めて以前に読んだことのある水木しげるさんの漫画を思い出しました・・・。

水木さんご自身が悲惨極まりない南方戦線で従軍した経験を書かれた漫画があるのですが(タイトルは忘れました)、その漫画を読んだり、実際の南方戦線で日本兵がどうやて死んでい行ったかを知ったとき、そのほとんどは餓死・病死なわけです。
政治家たちは靖国に行って「名誉の戦死を遂げた英霊」だの現実と全くかけ離れた美辞麗句を並べ立てますが、実際の戦地での兵隊たちの状況なんて、それは言葉では表すことが出来ないぐらい酷いもので、名誉の戦死もへちまもない、単なる「犬死」を時の日本の国家権力によって強要されたに過ぎない。
食料も軍事物資もないなかで、無理やり戦地に追いやられて、待っていたのは、餓死・病死。
実際、南方戦線で亡くなった多くの人はいまだに遺骨すら発見されてないんですから。

こんな過酷な南方戦線に全く自らの意志でないにも関わらず、日本の植民地だからという、そんな理由で朝鮮人・中国人が無理やり動員され、無残にも死んでいったり、死ななくても、過酷な戦争の現実で精神に異常をきたして、人生の大半を精神病棟ですごしていったという事実があったことを、私たちは決して忘れてはならないと思います。

このミュージカルが正直どこまで実話に基づいて作られてるのかは、元となってる朝日新聞の連載記事を読んでないので、知らないのですが、少なくとも学徒動員で戦地に無理やり連れて行かれて精神に異常を来たし、数十年もの間、ふるさとでもなんでもない異国の地・日本の精神病院で亡くなったハラボジがいたのは事実なわけです。
私自身、そんな事実があったことを最近まで知らずに来たことを実にはずかしく思うし、まだまだあの戦争の傷跡は消えてはいないのだと、そういう思いを強くしたしだいです。

最後にハラボジが愛していた人が、ハラボジが戦地でも彼女のことを思って何とか生きようと思えてこれた心のささえ、生きがいのまさにその彼女が、広島で原爆にあって亡くなるんですが、そのシーンを見たときに、朝鮮人・日本人関係なく、当時戦地に赴いていた男性たちがそれでも生きて帰ってこようと思えた希望を原爆という形で失ったとき、その絶望はどんなものであっただろうかと想像してみました。

とてもではないけれど、自分がもし同じ立場であったとしても、精神的に狂うだろうろうなって思いました。過酷な戦場でも精神をなんとか正常に保てたのは、一筋の希望があったからで、その希望すらそんな悲惨極まりない形で失ってしまったら、とてもではないけれど、普通の精神では生きていけない、そんな気がしました。
そう考えたとき、本当に戦争というものはいかなる大義名分であれ許すことが出来ないものだという思いも強くしました。

精神病院の看護師さんが、ハラボジが末期がんでもう長くないっていうことを医師によって告げられたとき、彼女はこう言うんです。
「おじいちゃん、本当は全部わかってるんじゃないの?」って・・・。
正直、私にはこの言葉も重いというか、考えさせられましたね。
本当に私たちの生きているこの社会は正常なのか?正常と思われてることのほうが実は異常で、異常なな社会についていけない人のほうが正常じゃないか?って・・・。
そんな実は異常な社会の現実を、実は知ってるけど、ハラボジはわざとみないように装ってるだけなんじゃないかって?

戦争では人を多く殺せば殺すほど偉いんですよ。でも普通に生きていれば人を殺すと罪なんです。
でもどっちらも同じこの社会の現実なんです。

この演劇を通じて、同時に、これに描かれた悲劇が決して終わった過去の話しではなく、現在も世界各地で繰り返される戦争や軍拡競争を思うと、改めて、私たちのいま生きているこの社会が一歩間違えばいつでも同じような悲劇を繰り返しかねない、そんな危うい社会であることを痛感しつつ、このミュージカルを見終えた次第です。

でも、最後にこの実際におそらく存在なさったであろう、日本人の看護師さんのおかげで、このハラボジの人生を通じてかつての歴史がわかったわけで、最後の場面ではこの看護師さんに対して、戦争の悲劇のおかげで成就しなかったふたりの愛を、その方が見つけてくれたおかげで、こうした愛の話しがあったこともわかったということで、その人に感謝する歌をみんなで歌って幕は閉じます。

本当にそうした個人の心ある方の行動のおかげで、闇に消されていた歴史、愛(そのハラボジに実際そういう想う人がいのかはわからないのですが)がやっと世間の日の目を見たってことは、感銘深いことだと思いました。

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そして、何より、主演の男女二人の素晴らしい歌唱力がなんとも言えず涙を誘いました。
よく考えるとミュージカルって日本では見たことないから、比較してどうとかよくわからないですが、と男性主人公役のミン・ヨンギさんの圧倒的な声量はとても素晴らしかったですね。
相手役の日本女性・美和役を務めた韓国の女優さんもとても声も艶やかで張りのある女性らしい声で・・・。

日本でもそのうち公演が予定されているようなので、是非興味をもたれた方は御覧になられてくださいね。
こちらで詳しい情報が見れます^^
在日として本当、多くの日本の方に見ていただきたいミュージカルです。

ちなみに日本語と韓国語がそれぞれ交じり合って出てくるんですが、字幕がそれぞれついてはきます。でもたまに字幕が出ないシーンも昨日はあったりもしていたんですが・・・。
まあ、なんとか意味はわかるでしょう(笑)
そういう意味でも、韓国語を勉強なさっている人も是非御覧になられることをおすすめします。

最後に・・・
「沈黙の声」というタイトルについて一言。
以前に学徒動員で亡くなって行った学生たちの手記「きけわだつみのこえ」を読んだことがあります。その前書きでこういう文章があって、とても印象に残っています。

「なげけるか いかれるか はたもだせるか きけ はてしなきわだつみのこえ」
意味は「嘆くのか、怒るのか、それとも沈黙を守るのか 聞け  はてしない 海神の声」ということだそうです。

「わたつみ(わだつみ)」は「海神」を意味する日本の古語だそうですが、ここでは学徒動員で非業の死を遂げていった学生たちのことをさして言ってるようですが、多分「海の神」と言っているのは、彼らの多くが海上で敵艦体に突っ込むいわゆる「特攻作戦」などで、その若い命を落としていったからではないかと思われます・・。この一文を以前読んだときに、とても胸にずしんと来るものがありました。

死んでしまった人は既に口を聞きません。伝えたいことがあっても当たり前ですが、もうこの世にいないから、ものが言えないんです。

それを良いことに、最近日本では歴史の事実を捻じ曲げて子供たちに教育しようとする人々が最近幅を利かせてたりもしてるようですが(最近横浜市で「新しい歴史教科書をつくる会」が著作の自由社版の社会科教科書を横浜市10区の内の8ヵ所で採択された例のように)、私たちはこういう「死人に口なし」とばかりな、過去の歴史的事実を抹殺する教育を果たして子供たちに教えてよいのか、そのような態度で果たして良いのかをもっと真剣に考えないといけない。

この「沈黙の声」に出てくる看護師さんのように、自ら語れない人々の隠された、押し隠された声、そうまさに「沈黙の声」にこそ、耳を傾け、歴史の事実を見つめていく、そんな真摯な姿勢こそが私たちには問われているのではないか?そんな気がしてやみません。

表面的には見えないところにこそ、本当の真実というものは実は隠れているのですから・・・。

これからも、押しつぶされた、覆い隠されている歴史の、今の事実を私たちひとり一人が自ら積極的に意識して努力して見ようとしないかぎり、見えるものも見えてこない、そういう気がします。
その意味で私たちも、より高い問題意識が求められてるのはないか?そんな気がします。
最後はとりとめもない文章になってしまいましたが、そんなとことをふと考えたりしました。
以上です・・・。
コメント
この記事へのコメント
ひづるさん、お久しぶりです!
この文章を読んで二度目のドキっです。
以前にとある方からの情報でこのミュージカルのことは知ってたんですが、韓国でも上演されてるんですね。
私の父方の叔父も動員され海上で戦死し、靖国に祀られてるそうです。私の旧姓も金田です。
この主人公となられてる方との状況は少し違っても、叔父も戦争で犬死した一人なんで、ズシンときました。
叔父の遺骨は戻らず、軍の方が持って来た骨箱には林檎が一個入ってたそうでハラボジは持ってきた方に投げつけ、靖国に合祀されると知り怒る狂ったそうです。
今までチャンスはあったはずなのに、ハラボジ達に戦争の事も含め、一族の歴史をなんでもっと聞かなかったのか後悔しています。

歴史をねじ曲げて後世に伝え、今更何の意味があるのかと思います。そんな考えを持った人達がどうしょうもなく腹立たしく、情けないし、悲しいです。しかもその方達は実際戦争を体験されてないんですよね? 軽々しく扱って間違った事を教え、恥ずかしいとも思わない精神の持ち主に歴史や戦争を語って欲しくないです。戦死した方々はこういった人達に二度も殺されてることになるのと同じではないでしょうか。
無理矢理動員され、死んでいった方の思いはどうなるんでしょうか。ほんとに腹が立ちます。

ミュージカルは正直言うと興味なないんですけど、日本でも上演されるそうで、機会をみつけ是非観に行きたいと思います。

ちょっとでも叔父達の事がわかりそうな気がします…。

2009/09/06(日) 00:56:56 | | かおり [ 編集]
はじめまして
はじめまして
私はトン好き、そして韓国好き(韓国語を勉強して10年くらいかな~)そして 大阪生まれの大阪育ちの2年前から岡山在住のなおです。

今日はご挨拶だけですが
また楽しくのぞきにまいります。
よろしくお願いします。
2009/09/06(日) 09:05:15 | | なお [ 編集]
かおりさん
また返事が遅くなって申し訳ありません!
コメントいただいてすぐお返事書きたかったんですが、ちょっといろいろすることが多かったものでして。。
かおりさんのお父様の叔父さまも動員され海上で戦死し、靖国に祀られてる・・・。
そんな方が実際に身近にいらっしゃったのですね。。
私はそういう話は聞いてはいても、直接の知り合いではそういう方を知らないので、かおりさんの話をとても重く受け止めました・・・。
「遺骨は戻らず、軍の方が持って来た骨箱には林檎が一個入ってた」・・・・。
そのときのおじい様のご心境を思うと、本当にやり切れませんよね。。
ただでさえ望まない戦争に「日本国民」として駆りだされ、骨さえも帰ってこない・・・。
いまからでも遅くはないと思うので、ぜひおじい様にそのときのこと聞いてください。
そしてすでに口を聞けないおじ様の無念とかそういったものを、ぜひ私をはじめ多くの人に伝えてほしい、そう切に思います。
今は亡き方の無念の思いとかそういったものを伝えることってとても大切なことだし、いま生きてるものがしなければ誰もする人がいないからです・・・。
戦争のむごさ、悲惨さ、そういったものが、戦後60年以上も経過する中で次第に薄れて行っているのがいまの日本の現状だとは思うのですが、何度口をすっぱくしても足りないぐらいそういった歴史の事実は何度も教えるべきだし、まして隠蔽したり捻じ曲げて教育されるべきことではないと思います。
結局いくら言葉で語りつくそうにも語りつくすことなどできないほど、私たちの世代が実際には想像もできないほどの悲惨な現実が当時あったんだと思うと、本当にそれを昔のこととして軽々しく扱って、戦争はかっこいいとか言えてしまう政治家や一部の漫画家の軽さ・破廉恥さに言いようのない憤りを感じます。
いまはなき叔父さまのためにも是非このミュージカルごらんになれてください。
そしてまたおじ様のお話を聞かれた際にはぜひ私にも教えてください。
このミュージカルの主人公のようにこれまで闇に埋もれてきた人々の物語がたくさん、まだまだあるんだと思います。そう、人が生きた数だけ・・・。
すべてを私たちが知ることは無理であっても、知る努力はしなければいけない、そう感じます。。
本当に貴重なお話を語ってくださり、ありがとうございました・・・。

なおさん
初コメントありがとうございます^^
最近あまり更新もできてないブログですが、またよろしければ遊びにいらしてくださいね!お待ちしてます★

2009/09/15(火) 15:36:29 | | ひづる [ 編集]
ひづるさん、お忙しいのにお返事ありがとう!

残念なことに、戦死した叔父の話を聞ける人はもう、この世には存在しないのです。
ウリアボジもハラボジもかなり前に他界してるので…
ハルモニは精神を煩い、子供を残して韓国に帰り亡くなりました。
(戦死した叔父の名前と、日本に残した末娘の名前を毎日呼んでたそうです)
韓国にいる親戚も会ったこともなく、既に代替わりしてるので聞くことは不可能みたいです…。

今になってほんとに後悔してます。
なんでもっと早くに話を聞く気にならなかったのか。
自分の考えのなさが悔やまれてなりません。
アボジはその話が出ると、顔を曇らせて黙ってしまってました。

母方の祖父母にしても、たまに孫の顔を見に来ては、家系図や色んな韓国の本を持ってきてて、私達と話をしたがってたのに、言葉がわからないからって、適当に相づちはうつものの面倒くさそうにしてた私達に、悲しげな顔をしてたハラボジが今になって、鮮明に思い出され情けなく悲しくなります。

せっかくひづるさんが仰って下さったのに、お役にたてず、ごめんなさい…。

このミュージカルを見なくちゃと思うのは、そんな情けない私の、祖父母や叔父に対する謝罪みたいな気持ちもあるんです。
今更なんですが…



2009/09/16(水) 00:57:14 | | かおり [ 編集]
かおりさん
早速のコメントへの返信ありがとうございます^^
既に戦死なさった叔父さまの話を聞ける人はもう、この世にはおられないのですね・・・。
ハルモニも精神を煩って子供を残して韓国に・・・。
戦死された叔父さまの名前と、日本に残した末娘の名前を毎日呼んでたって言うのを聞いて、とても胸が痛みました・・・・。
戦争というのは、日本の植民地支配の傷跡というのは、戦争が終わってからも続いていて、ハラモニのような人も数多くいたんだろうと思うと本当に胸が痛いです。
確かにいまは直接もう叔父さんの話を聞くことが出来なくても、今からでもかおりさんが叔父さんのことに興味を持って直接知ることはできなくても、こうしたミュージカルを見て思いをはせるこがても大事なことだと思います。
色々語りたいことがあったであろう、私たちのハラボジ・ハラモニに対して日本で生まれ育った3世、4世の私たちまずもって言葉がわからないから、理解をすることも、共感をすることも出来ない。
いまになってそれを思って自分自身が情けなくなる気持ちも、とても私には理解できます。
でも、そのときたとえ理解できなかった事柄でも、興味や関心を持っていまからでも遅くないので理解しようとするかおりさんを見て、きっとおじいさんもおじさんも喜んでくださっていると思いますよ。
人間なんでもそうなんですが、何でも「遅い」ってことはないんです。
思い立ったそのとき、気づいたそのときから何でもはじめるしかないんですから。
確かに既に亡くなってしまった方たちに話は聞けなくても、かおりさんの心の中でいまもはっきりと思い出されるハラボジの顔を、ずっと記憶にとどめて、ハラボジが経験してきたであろう、おじさんが経験してきたであろう歴史を知り、少しでも在日1世の苦労や思いを共有することに、日本に住む在日3世、4世の私たちの義務だと私は思っています。
私も日本に住んでいた父方のハルモニに色々聞きたいと思ったときには既にハルモニは口が聞けなくて昔に話しなど結局ロクに聞くことが出来なかったですが、まだ韓国で生きておられる母方のハルモニとは少なくとも韓国語を勉強して、色々自分が以前よりは少し話せるようになったのは幸いなことだと思っています。。
かおりさんも、このミュージカルを見て、感じられたこと、またあれば是非教えてください。
このミュージカルを見て、ハラボジやおじ様に対して感じること、思い出すこと、かおりさんなら私以上に多いと思います。
このミュージカルを通じて少しでも日本に方に限らず在日の若い世代にも是非こうした歴史があったことを知って欲しいし、それを通じてかおりさんのおじ様のような望まぬ死を強要された方々の魂が安らかになれることを願ってやみません・・・。
2009/09/17(木) 12:43:52 | | ひづる [ 編集]
ひづるさん、温かいお言葉、ほんとにありがとうございます!
涙が出ちゃいました。
そうですよね、今からでも遅くないですよね、私も祖父母に気持ちが通じてると信じてやっていこうと思ってます。
今更ばかりなんですが…、先日ようやくハングルを習い始めました!
ほんとに超初心者コースで恥ずかしいのですが…
小さい頃、ハラボジのことをハイベ、ハルモニのことをハンメと呼んでたことを先生に言うと、それは英語でいうグランドファザー、グランドマザーを、グランパ、グランマと言う呼び方と同じです、と教えて貰いました。
私はてっきり、ハングルが日本でとんちんかんな言い回しになったか、韓国での方言かと思ってたので、小さいですけど勉強になりました。(こんなレベルで恥ずかしい~^^;)

在日3世、4世の義務…確かにそうだと思います。
祖父母がいたから今の私たちがいるのであって、祖父母や叔父の歴史や苦労を少しでも共有してこそ、在日としての存在意義があるように思います。

そういったことに気付いたのも、ひづるさんのこのブログからです。
気になってた扉を開いてくれた、といいますか^^;

ほんとにありがとう、ひづるさん!
韓国のお婆様とたくさんお話なさってくださいね。
そして、これからどんどん寒くなっていくので、くれぐれもお体を大切に、、きっと韓国は日本より寒いでしょうから。
2009/09/17(木) 23:29:30 | | かおり [ 編集]
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